七尾 信昭氏

人 物 紹 介
名前   :「七尾 信昭」 氏
1016311_308738439263454_331559218_n年齢   : 45才
生年月日 : 1968年12月6日生
家族構成 : 奥様、子供(高校一年生の娘さん)
屋号   : 芝新橋「能登治」
設立年月日: 創業・安政年間、七尾信昭氏で6代目

 

本田 今日はお忙しい中有難うございます。
では早速ですが、始めさせていただきます。
まず初めにどんな中高生でしたか。
七尾 勉強は嫌いでした、好きか嫌いかで云えば嫌い。

本田 嫌いな中でも、何かこれは得意だったとか・・・・
七尾 中学時代ですよね、本当に勉強できなくて、1と2、たまに3がある通信簿でしたよ、
3は体育くらいかな。高校行くとね、ま、やる気になった時があるんですよ!、
商業科に行きましたので、0からの科目ってあるじゃないですか、簿記とか、商業関連の科目。
小学校、中学校では
科目としてないもの。それである程度興味持ったんですね。
また子供が好きな学校を自分で選ぶ時代ではなく、親が行きなさいっていった高校でした。
だから “お店を継げ” という親の思惑、もしくは線路が引かれていたのかも知れない。
判らないですけど・・・(笑い)。

本田 ご両親の意向で? と云うことですか?
七尾 そうそう、商業科だからそこから線路(継ぐ)を敷かれていたのかも知れない、
そんな気がする。
本田 0から始まった教科になぜ興味を持ったのでしょうか?
七尾 今までできなかったもの(科目)が出来るようになって、クラスでトップとは云わず、
それに近いものになれた、面白くなったいう事ですよね、そこですよね。

本田 であれば、中学から始まった教科と云えば、あ、英語がありますよね?
七尾 えぇ、だから英語は比較的好きでした、喋れるまではいきませんが、興味があって点数を
取る事はできましたね。
本田 興味をもった?
七尾 そうだと思います、興味を持つ事、これ非常に大事なことじゃないですか?
高校から大学へ進学する訳ですが、何を間違えたか大学に受かっちゃうんですよ。

本田 では、その中高生時代ですが、父親の仕事(家業)を身近に見ていて、将来の自分の
仕事のイメージ、継ぐのかなぁ〜と云うのはおぼろげにあったのでしょうか?
七尾 それはあったと思います。もっと前から多分小学生の時分からかな。
でもやらなきゃいけないとか、継がなければいけないとか、それとは別にありました。
意外と子供の頃何になりたいですか? との質問に、“蕎麦屋” と答えていました。
でもそれはしょうがないから・・・、例えば警察官になりたいとか、パイロットになりたいとか
あるじゃないですか、普通。
自分にはその質問に答えようがなかったから、
だからそう答えていました。

本田 であれば、どこか、頭の片隅に家業というイメージ、小さいかも知れないけれども
存在していたということですね。
七尾 それはあると思います、一緒に親とは生活している訳ですし、働いている親、その親を
毎日見て生活もしている、また、生活の中に当然蕎麦屋がある訳ですから。
自然でしたね、親からやれとか、継げとか、やんなきゃいけないんだっていう意識よりも、
より自然にあったと思う。
本田 では父親からのそのプレッシャーみたいなものはなかった?
七尾 無い、全く無かったです。やれとか継げとか、おふくろからも無かってです。
私の蕎麦屋関係の友達も付き合いがあって数名いるのですが、彼らも嫌で嫌で継いでいる
人はいないですね。やんなきゃいけないからやってるとかというのはないです。
なんか強制的ではなくて、僕と同じような境遇(継ぐと云う事に於いてということ)だった
と感じますね。

本田 歌舞伎とか詩吟とかやってらっしゃる方に尋ねたことがあるんですが、
私にもできますか? って。いや、出来ないとはっきり云われたました。それはDNA(血)だと。
それと何かかぶるんですが、如何ですか?
七尾 う〜ん、 DNAとか血とかではなくて、環境? なのかなって思いますよ。
本田 そうかも知れないです、私の父親はサラリーマンだったので、私も将来のイメージと
してはサラリーマンになるのかな? と僅かですが、そんなイメージは持っていた事は確かですね。

七尾 そうですよね、その時にじゃ、飲食店やろうとは思わないでしょ?
本田 あ〜確かにそうですね。
七尾 そういうイメージなんじゃないかな〜・・・、だって医者の息子は医者みたいなもの。
本田 では、高校生くらいの時は仕事に対するイメージは持っていなかった?
七尾 でももう店を手伝ってはいました、小学校の時から。例えば小学校の高学年の時から
簡単な
こと、嫌々だったかも知れないけど、やってはいましね。夏休みにとか。
出前とかしてましたね、取りに返ってきたりとか。

本田  では何となく・・・?
七尾  やれとか、強制されてとか、責任感を感じてとかそういうものでは無かったです。
自然に意識の中に植え付けられていたというのを今感じます。
本田 笑い・・・・・
七尾 もし大学とか受からなかったら、どっか修行いけと、どこかの料理屋さん、でもそんな
根性ないんです、外で働いた経験がない、良いのか悪いかは別として。 でも大学受からなくて
どこか修行に行ってたかも知れない、また人生変っていたのかも知れません。
時はバブル絶頂期、その時に大学に受かっちゃったもんだから遊んじゃいましたけどね。
大学卒業と同時に、私の店をビルにしたんです。人手がなくて私も手伝っていたこともあって
即戦力ですよね、で、帰ってきたというか店に入ったという流れです。

本田 話しが前後して申し訳ないのですが、大学に入って色々な友達に会います、そして色々な話しになると思うんですが、将来の話とか、仕事の話とか、その時はどうだったんですか?
七尾 その時も、“蕎麦屋”です。
本田 ほぉ〜、ではその時には既に家業を継ぐと決めていた?
七尾 そうですね、だから就職活動もしていませんし、就職課からも呼ばれて、
「君は何するんだ?」と聞かれても「蕎麦屋」っていってましたから。

本田 では、家業を継ぐという決定的な理由って何ですか?
七尾 根性がなかったから! ホントです。 料亭とか修行にいくと「虐められるよ」とか、
「殴られるよとか」、そう言う時代、そういう世界ですから。
そういうところへ修行へ行っている人達が皆私を脅かす訳ですよ、また高校を卒業して修行に
行ってるやつからとか、遊びたい盛りで、休みないとか、当たり前なんですが日曜日もないよ
とか・・・(笑い)、 あ、それって嫌だなって思いました。
だから最終的に「能登治があったから」、逃げ道だったかも知れない。

本田 では最終的にご両親から家業を継ぐ継がないの話しはあったのではなくて・・・・
七尾 バブルの時でしたから、地上げ屋がくる訳ですよ。大学時代もバブル。
でも親父は私が継ぐって云ってたから、売らなかった(お店)。もし私が継がないよと
いっていたらお店は売却していたかも知れません、商売あっての場所ですから。
それもまた時代との絡みでしょうね、私はそう思います。
本田 なるほど。
七尾 良いか悪かは判りませんけどね。

本田 今までのお話を聞いていて、七尾さんの父親って意外とサラッとしてませんか?
七尾 父親は本当に商売が好きでしたから、ちょうど60才の時に亡くなりましたが
(今から17年前)、お店は好きでしたね。今私も店が好きです、今店に居ると一番
落ち着きます。でも若い間はそれに気付かなかった。「何で日曜日休みじゃないの?」とか
思ってましたから。
本田 しつこいようですが、継ぐ継がないの話しは無かったに等しい、ご自分から進んで
継いでいくことになる。
七尾 えぇ、無かった。

本田 では継ぐと決めて時に父親から仕事にたいするアドバイスみたいなものって
あったんですか?
七尾 全く無かったです。だって従業員も当時沢山いた訳ですよ、普通であれば跡継ぎ、
若旦那だから立場が違うだろうと思われるんですが、そんなに一生懸命やっていた訳でもなく、
逆に堕落していたかも知れない、その店の中でね・・・(笑い)
本田 継ぐと決めて後悔はしなかった? ま、強制的でもなくご自分から入っていった訳ですから
無いのかも知れませんが・・・
七尾 無いです、全くない!

本田 それは、幸せ、もの凄い幸せな事だと思います。
七尾 う〜ん、あっち選んどきゃ良かったなぁ〜とかって、それまでに選んだことないんだから。
最初から比較するもが無い訳ですから。
本田 そうか、比較しようがないと云う事!?
七尾 そう、比較しようがない!

本田 お客様と仕事中にも色々な会話をしますよね、例えばそこで年収の話しになったり、
高収入を聞いた時に、俺もそっちに行きたいなぁ〜とかは思わなかった?
七尾 私は余りお金のことは考えない、私の友人なんかは高校卒業して証券会社に入る、
年収が600万、ボーナスが年2回で600万、計1200万ですよ、20才そこそこで。
その話しを聞いても、私もそうなりたいなとは思わなかった。

本田 そんなもんですか?
七尾 例えば、そうなってやろうとか思わなかった、そう思っていたらもう一店舗出して
いるでしょうね。もしくは、もう少し広い所へ移るとか考えたかも知れませんが、
「能登治」のコンセプトは違います。自分の目の届く商売、これがコンセプトですから。
父親がそのスタンスでやっていましたし、私もそれを見て育ちましたから。って事は箱が
決まってしまえば年収も決まってしまうと云う事ですね。生活できればいいと思ってます。
家族が生活できて、衣食住がきちんとできて、ある程度お小遣いがあればいいや、それで
いいやと思ってます。

本田 欲がないですね。
七尾 安定しているのが一番楽って事ですよ! でもこの商売も赤字の時がありましたからね、
つい最近まで。この時はホントきつかった! 支払いだけはできてはいましたけど。

本田 普通?、何が普通なのか判りませんが、右田さん(以前にインタビューさせて頂いた方)
みたいに9店舗、10店舗と云う、メインのターゲットして収入を目指している訳でもないとは
思うのですが、ご自分の目の届く商売、それ以上欲はない、安定していればいい。
私はホームページではないですが、それに関連したものを拝見させて頂いた時に感じたのは、
目の届く範囲の商売、また商売をしている以上、最も重要な事は「続けていくこと」、
私のなりの解釈をさせて頂くのであれば 「社会から必要とされ続けること」だと思うんですね。
それはそれで大切な事、この言葉に相反することになるのですが、
で、あればその味(伝統の味)を世間に知ってもらう意味でも、もう少し拡大路線を歩んでも
いいのかな? とも思うんですが、如何ですか?
七尾 えぇ、勿論それはあります、能登治は他の有名なお店と比べてもマイナー、世間的には
余り知られていない、
でも並ぶ程お客さんきても困る訳なんですよ、何故かっていうと、
先ほども云いましたが、そうなると
目の届く仕事ができなくなる、店の席は30席程度、
これが目の届く範囲、これ以上は出来ないし
逆にお客様に失礼になってしまう。

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