岡田 直樹氏

皆さん、お待たせして申し訳ありませんでした。
今回は株式会社エフネスを筆頭に6社をたばねる
代表取締役社長 岡田氏の登場です。
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人 物 紹 介
名前   :「岡田 直樹」氏 以下6社の代表取締役社長
年齢   : 51才
生年月日 : 1962年7月29日生
家族構成 : 奥様、2人の息子さん
会社名  : 株式会社 エフネス
◯ AVIATION 株式会社エフネス 航空事業部
◯ RIKISHA 株式会社エフネス リキシャ・ディスティネーション・マネージメント事業部
◯ 株式会社 ギャランツアー
◯ トラベルビジョン株式会社
◯ 株式会社ティ・アイ・コンソーシア
◯ 旅行業振興機構株式会社
設立年月日              : 平成2年7月27日 (株式会社エフネス)
ホームページ    : http://www.f-ness.com
従業員数                 : 約100名
過去3年間の平均売上 : 約300億円

 

本田 本日はお忙しい中お時間を頂きまして、誠に有難うございます。
では始めさせて頂きます。
まず始めにどんな中高生だったんでしょうか? 勉強は好きでしたか?
岡田 勉強が好きかどうかではなく、僕はニューヨークで生まれそこで2年滞在、3才の時に
日本に戻り、幼稚園の年長になるかならいかの時に、親の次の赴任地がフランスのパリだったので
パリに行く事になります。父親の意向(今は亡くなっていますが)で現地の公立の小学校に入る。
そこには日本人はおろかアジア人は僕しかおらず、そこで数年過ごし、ちょうど小学校5年生くらい
になる直前で日本に帰ってきて、中2の時に今度親がスペインに転勤になるんですが、
この時僕は日本に残ります、
平たく言えば、僕はその時 “不良” でしたから。
親から示された選択肢は、一緒にスペインにいくか日本に残って寮に入るかのどちらか、その寮と
言うのは、学校の寮とは違い
殆ど大学生で構成されており、ま、言うなればやりたい放題、
やりたい放題やって
高一の一学期、二学期を迎える事なく高校を “首” になります。
その後親からは完璧に勘当されます、父方、母方全ての親戚も含め、一円たりとも金は渡すな、
敷居はまたがすな、万が一逮捕されることがあろうと
保証人にはなるな! といった状況
でした。
酷い親ですよね?!

本田 いやでもそれ程、酷いことしたんですよね??(笑い)
岡田 いや、今2人の息子の親ですが、それは出来ないですよ。そんな状況だったので、
人様に言えないようアルバイトをしながら生活をしていましたね。
本田 そう言った状況では、学校、勉強ウンヌンカンヌンなっていうのはないですね。
岡田 その後 “大検” を受けるには受けるですが・・・・

本田 大検を受けたと言うことは、大学には興味があったと理解していいですか?
岡田 大学に興味があったと言うか、要するに何かこれをしたい!、というものが無かった。
何かしたいと言う事はないんですが、本当に、完璧に勘当された状態だったので、食べて
いかなければならない、16才や17才ではまともには雇ってくれない。
とにかく、食べるために
仕事をする、食べていく中で寮にいた人達は皆大学生、
それを見ていて大学に行ってもいいかなと
思うには思ったのですが、やっぱり
特段強い興味も持つ事もできず、大学には行く事もなく、
飲食店でアルバイトをしていたら
旅行会社をやっている叔父がたまに食べにくる、その時に、
そんなことばかりやっていないで
一回くらいネクタイ、スーツを着た仕事をしてみたら
どうだと・・・・
それも悪くはないかな〜と、でも面倒くさいなと思っていましたが、
ある日その会社の人事の責任者から電話がありいついつ面接に来なさいと言われ、
断るのも
面倒だと思い、面接にいき、なんとなく流れで会社勤めを始めるようになります。

本田 では特に旅行に興味があったとか、旅行関連の仕事に就きたいというのはなかったと
いうことですね。
岡田 えぇ、一ミリも興味なかったです。正直今でも旅行が好きかと言うと、海外は好きでは
ないですね。
好きじゃないと言うか、海外旅行に行くのであれば日本の国内に行きたい場所が
沢山ある、特段
海外旅行が好きかと言うと、そうではありません。
本田 ほぉ〜、そんなもんですか?!
岡田 たまたま叔父が経営していた会社が旅行会社、それで何となくといった具合。

本田 ではその旅行会社には何年程在籍したんですか?
岡田 入社したのが22才、今の会社を始めたのが27才ですから、二年半程度お世話になり、
その後その会社の中で独立するかたがいらっしゃったので、その方に付いていく事になります。
入社させてくれた叔父に「後足で砂をかける」ような形にはなってしまいましたが。
その時に自分で何かをやりたいとは思ってはいました。
本田 その時にですか?
岡田 自分で何かをやりたかったので、叔父の会社に残るか、上の人達は皆辞めていく
(新しい会社を作るために)ここに残るのも手だなとも思いましたが、それよりも全く新しい
会社を設立する方々に付いていって
その勉強にはなると思いその新しい会社へ移りますが、
そこでも2年半くらいですね

本田
 自分の会社を立ち上げたいと言うその理由は何ですか?
岡田 僕は寮に居たって話ましたよね、当時その寮にいた先輩とか後輩とか凄い優秀な人ばかりで、物産だとか商事とか、医者だとか、外交官だとか、そういう仕事に就く人が多くて
そういう人達に臆することなく会う機会があれば会いたいなと言う思い、また満員電車が
嫌いですから、
今後40年間(サラリーマン生活)この通勤には耐えられないと・・・
満員電車に乗らない通勤形態を
選ぶのであれば、それを実現させるのであればサラリーマンでは
無理だと思いましたので。
本田 最初に入社する旅行会社のキッカケはどうあれ、その途中から目的意識はあった訳ですね?!岡田 目的意識と言うより、自分で何かやりたい! と言うのはありました。
今でも不遜ですが当時はもっと不遜でしたので、上司の言動に堪え難かったのはあります。
一般論としてですよ!(笑い)

本田 立ち上げ当初から今日まで正直やってこれると思いましたか? 当然人間ですから挫折
はする訳ですよね?
岡田 要するに、会社を存続させていくという事に対して疑問を抱いた事はありません。
本田 ほぉ〜
岡田 もちろん会社が潰れそうになった時も何度か有りますし、資金がショートしかけたりと、
だからと言って何の根拠もありませんが、自分の会社が潰れると言った思いはなかったですね。
楽天的ですから、僕は、凄い楽天的、こう見えて凄い臆病でもある。
また会社の生き死に関わるようなギャンブルはしない、会社をやる以上最大の目的は
永続させること。仮に規模が大きくならなかったとしても、会社を存続させることが
一番重要なことだと会社を立ち上げた当初から考えてはいました。

本田 皆さん(今までにインタビューさせて頂いた方)が一様にお持ちなのが、“根拠のない自信”
誰でも・・・・
岡田 自信と言うのか、思い込みというのか。思い込まなければできない! と言うのも
あります。それが “自信” なのかって問われると、ハイ!そうです、とは言い難いですけれども、
そう思い込ませた方がいいから、そう自分自身に思い込ませていたと言うのが正直なところです。

本田 であれば、“努力” と言う言葉はない?、自分がこうしたい、あ〜したいと言った中で
潰れそうなことや、資金がショートしたりと色々挫折に似た経験をしていらっしゃる訳で、
一般の人であれば、めげると思うのですが。サラリーマンと言う安定していることを経験して
そこへ逃げたいとも思わない。と、言うことは努力という言葉は当てはまらない?
岡田 僕はそもそもサラリーマンをすることが安定だとは思わない。一流と言われている
会社に入社すればそれは判りませんが、当時我々がいた会社(良い悪いではなく)、
世の中の
大半は中小企業です、
その中小企業にも採用してもらえないキャリア(経歴)です僕は、
現実問題として。
そういう僕が宮仕え(サラリーマン)できるとしても、その会社でサラリーを
頂いたとしても
それが安定だとは僕は思わない。会社が立ち上がって30年生きながらえる
会社は極めて少数。
そう考えると、僕が選択し得る会社にいてサラリーマンをすることが
安定に繋がるとは一度も思った事は
ないです。だから、サラリーマンと言うフィールドは
僕に取っての逃げ場にはならないと言う事です。なったところ
で安定はないし、当然収入
だって期待できない訳ですから。
そう言う意味では僕の選択肢の中にはサラリーマンと
言うのはありません。

本田 では社長が考え得る安定とは何でしょうか?
岡田 う〜ん、安定とは何か? と言うのがありますが、少なくとも誰かに委ねるのであれば、
成功するにしても失敗するにしても、鳴かず飛ばずで引くにしても、自らの、誰かによって
成功とか失敗がもたらされると言うのは好みではないですね。
自分が判断間違えたり、自分が愚かだったりして失敗するのであれば、まだ諦めもつく。
そういう意味では安定ではないのかも知れませんが、自分で決め、自分がやりたい方向で
やった結果失敗であれば自分として受け入れられる。
本田 う〜ん、深いなぁ〜。
岡田 僕が一流企業に入社できるような環境(自分自身のキャリア)であったのであれば、こう
考えたかどうかは判りませんけどね。

本田 起業家の方は、皆一緒ですね。
次に話が前後して申し訳ないのですが、学生時代に仕事に対するイメージなどなかった訳ですね。
岡田 あ〜もう全然なかったですね。
やりたいこともなければ、やれることも限定されていましたので、そういう意味でも。
今二人の息子がいて長男は大学院へ行く、今彼らの年齢で、さっき言った事とは相反するのですが、
(このHPの主旨に相反すると言う意味合い)
やりたいことがないのは仕方がないと思ってるんです、
少なくとも僕にもなかった、だから、
そもそもやりたい事なんて、見つかるのかな?とは
思います。巡り合わせというか、自分に
用意されたフィールドの中でたまたまそれであれば、
それに一生懸命取り組むしかないのでは
ないかと思います。
息子にはよく言います、「やりたい事がなくてもいい!」私にも
無かった訳ですから・・・
だけど見つかるかも知れない、仮に見つからなかったとしても、
生きていくためには
何らかの仕事をしていかなければならない訳だから、どんな仕事が君の目の
前に現れてくるのか
判らないが、巡り合わせで見つかったとすればそれを一生懸命すればいい。
本当にやりたい事があるんであればそれをやったらいいとそう思います。無理して見つけろと
例えば親が言ったとしても見つかるものでもないし、やりたい事が無いと
言う事をあげつらったと
しても何も生まれない気もしますし、息子達にはそういうような事を
言っています。

本田 では勉強しろとかは言わない?
岡田 勉強しろとは特には言っていませんが、学生である以上本文は勉強ですから、
今親がいて、その親が働いていて、それによって家庭が成立している、そういう環境があるから
こそ学校に通えている訳だから、最低限のことは要求する! しないけれども・・・
要求するけれど彼らはそれに答えない(笑い)、勉強しろとは言わないけど、落第するなとか
は言うのはいいますけど、言っても意味ないとは思います。
言っても意味ないのは理解していますが、つい言ってしまう(笑い・・・)

 

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