片桐 達也氏

■■■起業後のヒストリー
本田:いよいよここから起業ですね、正直今日までやってこれると自信はあった?
片桐:(間髪入れず)あった!    お〜(感嘆!)
もう今いくつ? 45才なんだから、32才の時に始めて13年間。
で、ワインを選んだ理由ですが、チョイスとしては飲食業やろうかと思っていたのと、オセアニア
の旅行関係やろうかなと思っていました。現地(シドニー)でガイドカンパニーやろうかな〜とか、
オプショナルツアーカンパニーやろうかなと、色々なチョイスがあったんですが、お土産屋の社長の
会社で貿易を始めていた頃でもあったのと、“貿易”って響きがいいなと思いました。もうちょっと
ちゃんと説明すると、貿易って青天井にものを積めるので(売上げに限界がない)、例えば
飲食店の場合だと40席あるレストランだと40席が満席で終わり(売上げに限界がある)だと言う
事から、
これと比較した場合貿易の方に絡んでいきたいなと考えた次第です。漠然となんですけど、
飲食業において周りで成功している人がいなかったのと、貿易業で大きく成功している人がいた。
このあたりで少し前に説明していた、私の中で兄を超えたいとか、父親を超えたいとかと
それが飲食業だと超えられないぞ! と思っていたんでしょうね。それは金銭的な問題であったり
、社会的な立場であったりとか
貿易業を選択すればなぜか超えられるぞ! と思ったんですね。
そんな理由で貿易業を選びました。その次にワインを選んだのは、『腐らないから』

本田:あ、そうか、ワインは腐らない!かぁ〜。
片桐:他の貿易業って言うのは比較的専門的な知識が必要、オーストラリアとかニュージーランド
ということになると生鮮が多くなるので在庫のリスクが凄く怖い! その辺りまでは分別する
力が
あったので腐らないもの、もう一つ、しょぼい理由ではあるんですが、彼のお店で、
日本での宅配ワインやる? 
と言う話があったので、そこに乗っかったっていうのが
大きいですね。
そこで最初に彼の仕事での売り上げが年商1000万程度の仕事、月に約100万円の
宅配ワインを売ってくれると言うのがあって、シドニーのお店
自体実際には宅配ワインをやっては
いないのですが、
私が日本に戻りそういうのを始めた時にお店のディスプレイコーナーを使わせて
あげるからここでワインを売ったらどうだという話もあって、1000
万くらい売上げがあるので
あればそれを収入のメインとして、同じワインを他の飲食店にも売ればいいなと、
いわゆる卸が
できると、というもくろみ(企て、考え)があったので彼のお陰で
ゼロスタートではない。
商売がある状態でスタートできた、非常に“ついてますね”。 彼にしてみても
この関係を続ける事によって日本との貿易の窓口にできると考えていたと思います。

本田:ワインで思い出したのですが、以前片桐さん本人から直接聞いた話で裏覚えなんですが、
小田急線全駅にある酒屋、レストラン等々を全て回ったこと(営業)があるって聞いた記憶が
あるのですが?
片桐:小田急線ではなくて京王線ですが、新宿から八王子までの各駅降りて商店街と言う商店街
全てに営業しました。
本田:それって凄いことだよね。(ちなみに、新宿から八王子まで32駅)
片桐:ま、必死ですよね。

本田:ワインの輸入を始めた当初の話ですよね。
片桐:そうです、当初仕事っていったって、一日10件くらいファックスから流れてくる
シドニーからの仕事しかない、それでもファックス1枚につき1万円〜1万5千円
くらいの商売がありましたから、日に10万〜15万になるので、有難い話ではあるのですが、
私自身の身入り(利益)はかなり少なくて彼の支払いも悪いので結構苦労しました。
この宅配ワインと同じワインを売るのですが、旅行業界にいましたから最初はホテルに売りに
いきましたね、
ヒルトン、シェラトン等々色々過去の関係で知り合いが沢山いますから、
そういう所にいくわけですね。そうすると、おやおやこの間まで、片桐さん、片桐さんって
言ってくれていたのは、あれは旅行会社の片桐さんであって、ワイン買って頂けませんか?
と言う話となると全く態度が違うんですよね。こりゃいかんと、このコネクションは使えないと
思い、そこで引っ込んでいても仕方ないので、ワインてどこに買ってくれる人がいるのだろう?
ホテルではなくて次は結婚式場だろうと考え、次に結婚式場にアポ取ってサンプルもっていく、
これ結構続けました1年くらいかな。ほぼ関東全域の結婚式場に営業に行ったかな〜。
(本田:すげー!)
あちらさん(結婚式場の担当者)も面白そうな商材であれば会ってはくれます。
ただ価格勝負、ワインに関しては完全な価格勝負です。そうすると私みたいなちっちゃな
インポーター(輸入業者)は、え、この値段? さよなら! ともう門前払いです。結局の所
ワインが売れるところと言うのは、そこには『釣り人』(売り手)が
多い訳で他の釣り人も多い、
インポーターと言うくくりの中で
私が戦うということになると知識はない、経験もない、
他の会社より規模は
小さい、アイテムは一個しかないから勝てる訳もない!この事に気が付く
のに、一年くらいかかりましたね。
では『釣り人』が少なくて一番魚がいそうなところって
どこ? と考えると
私と同じような個人経営をしている飲食店です、こういった所に飛び込んで
いっていた時に先程話した京王線全駅の営業を
始める訳です、そうすると何故か相性のいいところ
っていうのが幾つか
出てきます、で、一年くらいでお客さんになってくれたところ、そうでない
所が出てくる。
結局私みたいな者からワインを買ってくれるって言うのは、情熱の共感を
得られるかどうかみたいなことが大きくて、サラリーマン時代にはなかった人間力勝負、
と言う所に行き着く。
始めて2〜3年間くらい毎日の売り上げが少ない、1年目の年商は
シドニーからの売上げだけだから年商800万円、2年目は2000万円、3年目は3000万円、
この時が一番お金がなくて自販機の前で悩んでジュース買うのやめて、代わりに水筒に水や
お茶を入れて、電車に乗って営業に行ってましたね。ただ意外とその頃から売れ始めたのが
歌舞伎町
とか赤坂の韓国クラブとかナイト系のところ、ホストクラブとかよく売れるんですよ。
3年目までは一つの商材のみ(今では事務所にあるだけで50〜60種類あるのですが)その当時は
赤のシャンパン
だけ、赤のシャンパンというのは下手物なので“何で売れるのかな”? っという位
バカ売れし
始めたのが3〜4年目くらい。そこで年商が6000万円くらいに一気に跳ね上がり、
お〜売れた、
売れた!と思いきやそんなに話はうまく行かないですね! 僕は酒屋さんを通さずに、
直接相手と
取引していましたが、(この業界では通常信用できる酒屋さんに“もの”を卸し、
売上金を確保する)
これが裏目にでます、相手がポシャる(倒産、夜逃げ)んですよね、
あれ〜オーダーこないな〜、電話すると繋がらない、2ヶ月分(売上げ)くらい持っていかれたり、
1軒のお店で100万円単位で
やられたこともあります。このあたりから、経理をもう少しちゃんと
やらなきゃないけない、
営業頑張って売ったって回収できなければ何の意味もない!と言う事で、
お客さんを少し
カスタマー分け(差別化する)、沢山買ってくれるけど支払いの危ない相手、
少ししか買って
くれないけど細く長く続いけてくれるといったをランク別けする、また自分自身を
必要として
くれているお店、プロダクト(商品)を必要としているお店なのかを区別して営業を
するようにしました。
自分でなくてもいいお店はその当時から人を1人雇い、その人に営業して
もらう
ようにしていました。

本田:色々大変なんですね、自営と言うのは•••、ところで今まで13年やられていて最高年商額って幾らくらいですか?
片桐:だいたい2億円くらいです。
本田:大したもんですね!、次に週の労働時間はだいたいどのくらいですか?
片桐:今は60時間くらいじゃないですか(週7日計算で日に約8時間30分程度)

本田:それ程長くはないですね、もう少し働いているのかと思った。では次にこれまで続けていて、色々な意味で苦しくて、辛くて、その上経済的に困った時に会社員(安定)に戻ろうと思った
ことはありますか?
片桐:全くないですね(間髪入れず)

本田:全くない?
片桐:全くありませんでした、3年目位の『缶ジュースも買えない』くらいの時は、さすがに
凹んではいましたけど、それよりもまだ自分を信じていましたね、まだいけるだろうと!
120円が払えない男でも、まだいける!と思ってましたよ。

本田:どうしたら、そう思えるのだろう? そのとき結婚は?
片桐:していません、いや出来ていない!(お互いに大笑い!)相手はいるんですけど、
結婚できていない。今の嫁が水筒にお茶とか水を入れてくれていた。で、そのとき有難い事に、
嫁になる人間が私を支えてくれていました、彼女は○○○パ○○っていう日本では比較的安定した
会社に勤めていましたので喰えなくなることはないって言う安心感はありました。

本田:その自信はどこからくるんだろう(改めての問いかけ)
片桐:(間をおいて)“ついてる”だけではないでしょうか。家(実家)が比較的安定している、
兄も安定している、彼女も安定していたので、私は結構好き勝手なことをやれたんだと思っては
います。

本田:その外的要因(片桐氏を取り巻く環境)ではなくて、先程も聞いたんですが、会社勤め
(安定)から抜け出す、起業するというのは不安定(経済的)になること、不安定になるとは
思っていなかった。と共通する質問なのですが、120円も払えない、で、もって結婚もできて
いない状況、その時にどうしたらその自信が出てくるのでしょう?
片桐:それを『不安定』とは思っていないのでしょうね、周囲に安定しているものが沢山
あったので。
本田:いやそれは理解できるんですが、自分が会社員という経験(経済的な安定)をして
いなければ、それが不安定であるという認識が出来ないというのは理解できるのですが、
ただし会社員を経験していて年収何百万もあって、自分の自由になるお金、絶対的に120円に
困った事なんて一度もないと思うんですよ。そういう経験があるのに、起業後の状況がなぜ
不安定だと思わないのでしょう?
片桐:日々充実しているのでしょうね、朝起きて営業にいって毎日勉強になると言うか京王線の
端から端まで行くとか、ホテルで断られるとか、ナイト系のお店に逃げられるとか、そういう
毎日を自分で商売をしながら、それが自分に対するチャレンジに繋がっていくのだと思います。
主目的が金銭であれば不安定に自分でも思えるし、周りからもそう見えるでしょうけれど、
主目的が自己チャレンジだと言うであれば、自分としては安定している、その部分には全く
“ブレ”がない。自分自身が自己チャレンジをしたいと思っている時に、会社と言う組織の中
他人が決めたことをチームで解決をしていく体制の方が、僕にとっては不安定であるということ、
自分の中での安定と言うのは自己チャレンジを続ける事、自己チャレンジの実現をしていくことの
中にいることは
僕にとっては安定なんです。

本田:なるほどね、そういう事か〜。
片桐:世間からみれば恐らく金銭的、経済的に120円のジュースも買えない、結婚も出来ない男は
不安定なんですよね、きっと。僕の場合幸いにも周りが安定、金銭的に安定している人達に
囲まれていたので、自分へのチャレンジだけに集中できた、直視できたと言うのがあります。
でそのほうが僕にとっての安定なんですヨ。

本田:なるほどね、これでやっと理解できた。お金を稼ぐことに目的をおいていたら、
“めげて” いたでしょうね。ただ自分自身にチャレンジしたいというのが主目的だからまだ、
できるぞ、まだやれると思える! やはり目標設定っていうのは非常に、また本当に重要なんですね、次にその設定と同様に重要な『期限設定』と言うのがあると思うのですが、
これについてはどうでしたか?
片桐:うん、やはりその夢みたいなことを語っていても寝ている夢とか、いつかはフェラーリに
乗りたいな〜とか言っていても仕方ないので、50才までに乗れる様になるようにするには?
考える、そうするとそれまでに何をしなきゃいけないって逆算して考えるようになる。
そう考えるような癖を付けるようにはしていましたね。夢を目標に変えるにはやはり時間
(期限設定)を決めないと! 目標にはならない。目標さえ決まってしまえばあとは計画を立てて、実際にそれを基に行動していく。と言う事なので、当時は次に年商を増やすことを凄く頑張って
ました。
1億円くらいまではとにかく年商を増やしたくて仕方がなかったです。いついつまでに
幾ら増やすと決めてやっていたところもあるので、
薄利多売の売り方をその当時していたことも
あります、
ワインの場合はある程度値段勝負になるところもあって、500円であれば買うけども、
600円だったら買いたくない、
と言うお客さんもいるので年商を増やすだけであれば利益を削れば
勝負にはなる。
なんでそうしたかというと会社経営の話なのですが、借り入れ(銀行からの融資)
をする時に、黒字であれば年商の3分の1
程度は借入れる事ができる、この辺りから財務知識と
言うか、経理の知識がついてき、
そんなことをおぼろげにやっていて、5〜6年目にくらいには
年商1億円に到達、
そこでは120円には困ってはいないんですけど(笑い)、では実際どこに金が
あるの? 確かに決算書上は黒字であるが、
働けど、働けど我が暮らし楽にならず、で、
その時にもまだ結婚できていないんですヨ。
年商1億の社長でも結婚できないんですよ(笑い)
金がない。
何故かって言うと稼いだお金は仕入れにまわさないといけない、ワインが売れたら
仕入れます、年商を増やすのであれば
利益を削ればいい、次はお金を手元に残そう!となると、
支払いの期限とか商品在庫の
回転スピードを変えていかなければならない。その時に考えたのは
ワインを輸入して
早く売るには何をすればいいのか? と考えた時にインターネットでの販売と
自社で飲食店をやること、この二つが絶対手っ取り早い!と思いWEBサイトを立ち上げたのも、
飲食店をやろうとも思ったのも
その頃5年目位です。

本田:失礼な言い方ですが、飲食店は素人ですよね?
片桐:ド素人!

本田:勉強したのですか?
片桐:いやただ、ワイン営業(卸)をしていて、年商1億円程度の飲食店って、うまくいっている
うまくいっていない店は何となく判ります。今では飲食店経営者ではありますけれども、
ワイン輸入業者から見た、なぜあなたの店ははやらないのか? と言う本くらいは書けると
思います。駄目な店ってあるんですよ、いい店は又違う意味で難しいけど、駄目な店のやっては
いけない事は確かにあります。その“やっては行けない事”をやらないぐらいの自信はあったので
ド素人とはいえどもやれるかなと思いました。

本田:そうか〜、外から客観的に見てるからね。話は戻ってはしまうのですが、やはり片桐さんが
一番すごいなと思ったのは京王線全駅に降りて営業にしたってこと。この話を聞いた時に私は
“この人には勝てない” と正直思いました。
片桐:それはどうか判りませんが、取りあえず全部やってみようと考え、それ程時間は
かかりませんでした。1ヶ月程度で済みました。(本田:そんなに軽く言うな!)

本田:いやそうなんだけど、それは片桐さん自身が目標に対してやりたかったの一つ、周りから
みればものすごく困難なこと、私であれば“絶対に出来ない”と言うかそこまで “したくない!
この話の内容を聞いていると、当人に取ってはそれほど大したことではないのかな?
この話題に関連してサッカーの本田にしても、野球のイチローにしてみても、傍からみれば
練習、試合などで)勝たなければ、、打たなければ! と言うプレッシャーや、苦しそうな練習
してるよな〜、辛そうだなと思って見ていても、実際やっている本人は
好きなことをしているから、周りから例え苦しそうに見えたりしたとしても、多分楽しいんでいるのではないかと思えるように
なってきたんです。
と言うことは、それだけ『好き』、好きでなければ続かないし、できない。
当然その人が持っている “センス” も確かにあるとは思いますが、これって、好きな事を見つけて
しまえば誰にでも当てはまる事じゃないか思えてしまう。本田選手の昔のコーチの話で、
彼(本田)は
世間から “天才” と言われるが彼は “努力の天才” であると!と聞いたことが
あります。“努力”と聞くと、何かこう強いて何かをやっている感がありますが、彼らに取っては
好きことをやっているだけだから、多分 “努力” とは感じていないだろうし、考えてはいないと
思う。どう思われますか?
片桐:うん確かにそういうのってあるんだと思います。彼はサッカーを選んだから経済的にも成功
してますけど、
あれがマイナーなスポーツだとすれば経済的には成功するのは難しいとは
思いますが、ただそういう境地に達している人と言うのは沢山いると思います。
(片桐氏の話に戻ります)
当時はそれをやるべき時期、結局業界のことが判らないから京王線の端から端まで一度くらい
やれば、小田急線全部やる必要ないだろう、中央線沿線全部やる必要ないだろうと、端から端まで
行ったというのが大切なこと、一つの駅もとばさないで営業をするというのも大事であって、
お客さんになる可能性のあるお店とはどんなお店なんだろうと学ぶ時期と位置づけてしまえば割と
簡単に思えたし、難しい、きつい、と感じたことは一つもないですね。会社員であれば、仕事中は
自分の時間を自由に使わせてもらえない訳ですし絶対にそんなこともやらせてもらえない、それほど僕にとっては非常に有意義な時間でしたし、自己鍛錬の時期でもあった。当然今はそんなことは
しませんし無駄ですからね。
その当時は自分自身で営業というもの、こういう所にいけばこういう
風に
断られるし、そういう所に売れるものはないと理解するためにはその時間が必要でした。

本田:凄いな!(本当にその一言だけでした)さっきもちらっと言ってはいたのですが、の貴重
な経験を積んできた今と
会社勤めだった時と具体的に何がどう違いますか?
片桐:自分で自分の行き先を決められること、経営していると楽しいですよね。会社勤めは会社
としての組織、組織力で仕事をしていると言う意味
では醍醐味はあると思います
(より大きな仕事に取り組むことができる)、やはりやっていることは本来同じである、社会に
貢献すること、役に立つことの見返りでお金を頂戴するということ、当たり前のことで基本的には
それほど大きな違いはない、ただ僕の場合は自分自身が人の指示によって何かを行なうと言う事が
苦手だったので、自分の道を自分で切り開きチャレンジしたい言うのが今でも同じで、けれども
それは当人の向き不向きもあり、責任
と決断がやっていて楽しいので私は続いている、それが苦に
なってきたら社長を辞めるべきだとも思っています。
会社勤めにおいても会社を通して社会に
何かしらの貢献をしているという
意味で、もしそう思えるのであればそれはそれでいい。
仮にそうではなくお金だけを追い求めるのであれば、それはそれで悲しいですね。
本田:話が前後するのですが、学生時代と今と繋がっているポイントってありますか?
片桐:一番大きかったのは、人と違うことをやっている自分を許してくれた親が与えてくれた環境
ですね。例えば勉強そっちのけでバイトばかりしているとか、中学生までは比較的どこにもいる
少年なんですが、高校に入った途端にかなり人と違っていたと思います、それを許容してくれた
両親が少し特殊だったかなと思います。18才で免許を取った後はほとんど家に帰らなかった
まで
人様の1万円をもらうために、車で一晩中走り回っていた。

本田:これは本当にご両親に感謝ですね!
片桐:う〜ん、そうですね、その特殊な環境に身を置けた経験、また専門学校に通っている時代にオーストラリアへも短期留学させてもらっています。それもあって旅行会社に就職した時に上司が
私の経歴を見てオーストラリアへ行かせようと思ったと考えますし、人と違う所を許容してくれて、結果的には個性を伸ばしてくれたっていうのが大きいですね。これを無理矢理兄弟と同じ様に、
小学生から代々木ゼミナールに行くようなことを私に強要していたとすれば、きっと“積み木を
崩し”をしていたんじゃないかと思います。(相当昔にはやった高校生がぐれていく有名なドラマ)

本田:もう一つ、今の片桐さんと繋がっている学生時代の教科をあげるとすると何でしょう?
得意不得意はない! とは言っていましたが・・・。
片桐:ないです!? 正直なところもうちょっと全部しっかりやっておけば良かったと思って
いますし、役に立たない教科は一つもない。ただし全部ができていたとしたらこうはなって
いなかっと思いますが、全ての教科をきちんとやっていれば良かったと思う。実は今大学に
行きたいと思っています、大学へいっていないと言うコンプレックスから出てくるものではなく、
自分自身を高めたい、社会人力を高める意味でそう考えています。ただ今は自己チャレンジの方が
楽しくてそちらばかりやっていてしまっていて、というのが現状ですかね(笑い)

本田:ふ〜ん、なるほど、では次にお伺いしたいのが、起業してからの最初の挫折と1番大きな挫折
とは?
片桐:挫折は色々と沢山あるんですが(笑い)起業した当初は扱っている商品がひとつしか
なかった訳で、その商品が製造中止になったと聞いた時ですかね、それしか扱っていない商品が
無くなると言うのは死活問題。私にはこれしかないのに無くっちゃうの? 正直大変なショック
でした。
本田:確かにそうですよね、それはどうやって乗り越えたんですか?
片桐:他の品種で代替えしましたが、4000万円あった売上げの半分の顧客が取引中止になって
しまい単純に2000万円に激減、但し仕入れコストが以前の商品より安く以前の商品と同じ値段で
売ることをしたので、その結果として4000万円時の売上げの時と比べ2000万円に減った時の方が
その利益を上回ることになり結果オーライではありました。こうして利益が増えたことで、違う
商品を仕入れることができるようなり、
扱うアイテム数(種類)を増やすことによりお客さんの
質も変わり、
普通の居酒屋、寿司チェーンとの新しい出会い(取引先)ができて割とすぐに
リカバリーできたかなと思います。

本田:これは不幸中の幸い、これは片桐さんが引き寄せたラッキーだったと思います。
片桐:それもどうか判りませんが、製造中止の話を聞いた時は本当に死ぬかと思いましたよ、
会社が潰れた時より大ショックでした、オーストラリアにすっ飛んで行って製造中止を撤回して
くれとお願いしにいこうとさえ
思いました。

本田:結果として不幸を幸運に変えてしまう、これって天性というかその人が持っているなんか
こう何か不思議な“力”みたいなものであると私は思います。
では次に、一番大きな挫折を聞かせて
頂けますか。
片桐:う〜ん、これも沢山有り過ぎて(笑い)、例えばこのインタビューの最初の頃に登場した
人で、お土産屋さんの社長が私に黙って会社を潰してしまったということ、私に対しても未払い金が
出てしまった。このことが彼と疎遠になってしまう理由で、僕自身はいままで彼にお世話になっていたことと、最後の2ヶ月分(未払金)くらいなものだから(100万円くらい)、二人でこれまで
やってきたことを思えば、この額は小さなもの、謝罪とか、けじめの挨拶があれば許せたのでは
ないかと思います。私にとってはとても大きな挫折感を味わいましたね、ある意味裏切りですから、結局は金だったのか〜、金の切れ目が縁の切れ目〜だったのを痛切に感じましたね。他にも、
不義理をされるというのは会社をやっていると色々あるんですけどね。

本田:ですよね、“信じている人に裏切られる”、これほど精神的に辛いことはないと私も思います。
次は明るく切り替えて、心の中でガッツポーズをした!経験を聞かせて下さい?
片桐:それが多いんですよ、挫折も多いんですけど。

本田:いいですねぇ〜!
片桐:自分で営業して企画を仕掛けて、お客さんが楽しく飲んでいる。もちろんそれはそれで
いいのですが、
第1ステージは自己実現のためのチャレンジ。
第2ステージは年商を増やすためのチャレンジ。
第3ステージはターンオーバー(在庫の回転)のスピードをあげていくこと!
第4ステージとして、今やっている事ですが、人を育てようと考えていることです。大きく言い過ぎ
ですね、言葉を代えて言えば、一緒に成長して行ける人達とやっていこうと、いわゆる社員と
呼ばれる人達ですね、こういう人達が成長していく姿を見ることが非常に今の自分に対しての
やりがい(ガッツポーズ)になっている。人への投資、物への投資は今までに十分にやってきた
ので、
その人が自分で食べていけるよう(自立)に、そうなっている姿を見られるのが、今の自分
に取って大きなやりがいとなっています。
3っのステージと比べると、少しこう何か成長してきたと
でも言うのかなと思いますネ。

本田:それらは、やはり経済的な裏付けがあってこそできるものですね。
片桐:そうすること(人への投資)、これらのことは経済的な意味で結局は自分に戻ってくる
ことになるんですが(投資をしてその見返りを待つという意味合い)
ただしそこが目的ではなく、
自分自身への
挑戦の中で人を育てる時期、信用を積み重ねる時期であるということ、お店の数も
増えていくでしょうし、またスピードも
あげていくこともやらなければならないでしょうね。
ただ本当の意味で、もうちょっと大きく勝負するのは、50才過ぎくらいかな〜と考えています。
その時には旅行を
やりたいですね、旅行業をすることを別に諦めた訳ではない、人様が移動する
時に
自分が役に立てると思っています。 もう一度旅行の事業において人様の役に立つには
資本力も必要だし分別する力も必要、旅行の知識は比較的あり、幸いにも時代は変わって航空券は
誰でも買える時代
と言うことは主催旅行なんだかんだと言ってないで、旅行にいきたいという
お客さんに対して色々なアドバイスをすると言う仕事は
成り立っていくのではないかと思います。
どういう形で実現させるかはまだ決まってはいませんが、人の役に立つという観点からすると、
オセアニアと日本との交流(旅行)というものに対して、
関わっていきたいと言う想いですね。
今までの流れからすると、自分が頑張ってそれを想い続けていると、“必要なもが” “必要な人”が、
周りに現れてくれる様な気がします。
大事なことを想い続ける、それと行動し続けること、旅行を
事業として
行なっていくのはまだ時期尚早な気がしています。旅行の仕事が儲かる儲からないの
話ではなくて、少し資本が足りないし、
信用も足りないし、理由付けも足りない、どこに向けて
売っていくのかと
言うことも決めかねてもいます。万人受けすることではなくて、それを必要と
している所に、必要としている人に
向けて事業を興したいなと思っています。

本田:次々と新しい目標が生まれてきて羨ましい限りです。
最後にこれを読まれている学生の皆さんにメッセージをお願い致します。
今日は長々と貴重なお時間、貴重な経験談をインタビューさせて頂いて本当に有難うございました!

■■ Message by 片桐達也氏

中高生時代からお金の心配をするよりも、生き方の心配を!
中高生時代の他人との差は、大人になって大きな個性の差となり開花します。
“差”は個性です。
家庭環境の差、顔の良い悪いの差、偏差値の高い低いの差。
生まれた時から決まった差もあれば、自分で変えられる差もあります。

一度しかない人生、どう稼ぐかではなく、どう生きるかが大事です。

 


 

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